かささぎなくらし コトノハ別館

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zoom RSS ・他人(ヨソ)様のコトノハききて溢れいずるおのがことのは これも吾のうち

<<   作成日時 : 2005/07/23 17:28   >>

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↑哲さんの「言葉とは自分を食べて産むものだ 他人(ひと)から貰う歳じゃあるまい」について 返歌です。

「言葉とは自分を食べて産むものだ 他人(ひと)から貰う歳じゃあるまい」(哲さん)

・ひとからのことばによって生かされることもありわれひとりきりでなし

・他人(よそ)様は余所様なりに 私にはワタシのコトバ それが人生

・他人(ヨソ)様のコトノハききて溢れいずるおのがことのは これも吾のうち

・われを産みわれを育てることのはの深淵覗く。光る底みゆ。

・明けてゆくあすには明日のコトバあり。コトバと共に倦まず生きよう




何のために歌を詠むや?
君はなにをどのようにしたいのか?

私の場合・・・「歌」とは?

他へのネガティブな感情エネルギーを「歌」というリズムに一旦置き直すことで,エネルギーのシフト替えをする働きをしている というか・・・
こちら側へ入り込み過ぎたり,あちら側へ入り込み過ぎないようにするための,バランスシートの役割 というかなんというか・・・

自分の中のバランスをとる。そのために自然と出てくるもののようです。
(あー息や汗や涙と一緒か)

「定型の形」はワタシにとっては,「分水嶺」なのかもしれません。
型にはめる と決めるも決めないも自分。
ワタシがどう表現したいのかという境界線・・・。

あくまでも,五七五七七という「縛り」は絶対的なモノではない。
おのずからしばられ,おのずからとかれゆくものである と考えていますから,かなり緩いです。厳密に三十一文字に,はいらない(いれきれない)ことも多いです。
ワタシの場合,歌とはそのようなもの として捉えているからに過ぎませんが,厳密に捉えていらっしゃる正式な歌人(・・・?)の方から見ると,どうなのでしょう?
歌詠みとしては出来損ないの作ばかりなのでしょうねぇ・・・きっと。


結論:ワタシにとって「歌」とは。
生きている限り逃れられないモノ。そこから付かず離れず。生きていくために。逃れたくないもの。であります。

遊びであって遊びでない。軽やかに詠めて,それでいて重い想いも込めて詠んで。

・それでよい。それしかできない。それがよい


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